読書記録+第十五日+『外国散文精品鑑賞』+読書ノート
これはいったい幻の夢なのか、それとも仙境なのか。私たちはまた、微笑みの都セビリアへやって来た。彼女はショールをまとった女のように、しなやかでやさしい。ここの人々はいつも善意を抱いており、その善意の中にはやわらかさと歓びがある。作者は粗製濫造だと罵られる危険を冒してまで、誰もが使う「微笑み」という言葉でこの街を形容している。それほどまでに、作者は微笑みに深く心を打たれたのだろう。ここの街路は白く、まるで毎日塗り直されているかのようだ。人々は花の群れの中をそぞろ歩いているように見える。その中に身を置けば、天国の庭園を歩いているかのようである。商店であれ教会であれ、どこにもある静けさが漂っている。その中を歩くと、自分がこのうえなく幸福で穏やかな暮らしを送っているように思えてくる。
黄昏が訪れる。仙人の笛の伴奏をまとって。私はその美しさに胸を打たれ、涙を流した。私は自分を彼女にゆだね、彼女とともに深く酔い、彼女とともにこの天地のあいだにある不思議な影を浴びる。どれほど美しい言葉を尽くしても、この壮大さを描ききることはできないのかもしれない。続いて作者はふたたび生活へ戻り、この地の煙草について語る。煙草工場でさえ王宮のようである。このような情景の中では、俗であるか否か、あるいはその境界さえも、しだいに消えていく。私たちは皆、この静けさをそっと感じていたいと思う。けれども、誰もあなたを責めようとはしない。人々は美しい生活を愛し、同時にその中の瑕疵をも包み込む。彼女の街をさまよい歩けば、その足どりは、彼女の腕の中に横たわる呼吸のようである。
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