読書チェックイン|十一日目|『外国散文精品鑑賞』|読書ノート
ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチの『苺』は、十八歳といううら若い年頃の芳しさを思い起こさせる。たとえ彼女がかつてあなたを落ち着かない気持ちにさせたことがあったとしても、そこにはほかの何ものにも代えがたい香りがある。けれど時が流れるにつれて、苺がかつて持っていたあの味わいは、もうそこにはない。作者は一粒の苺から出発し、人生の四季を私たちにたどらせる。春の朧げな目覚め、万物の蘇り。夏の情熱と勢い、あふれる生命力。やがて秋の成熟へと移り、さらに冬へとめぐり、万物はそれぞれの使命を果たし終える。
作者はこう書いている。「およそ私たちの天賦となったものは、さまざまな変化と時間の試練に耐えうる。」四季のめぐりのなかで、多くのものは変わっていく。けれど年を重ねても、変わらず守り抜かれているように見えるものもある。私たちはなお、自分が十八歳のままでいると思い込みがちだが、知らぬ間に歳月は指のあいだから長い距離を滑り落ちている。すべてがもう遅すぎるのだと気づき、畑の苺を摘みに行こうとしたとき、その味はとうに変わってしまっている。六月の味わいが美しいのはもちろんだが、九月にもまた、別様の香りと甘さがある。
