読書記録+五日目+『外国散文精品鑑賞』+読書ノート
ローザ・ルクセンブルクは、その美しい筆致で、まもなく別の監獄へ移される前夜に見たもの、思ったことを、私たちに静かに語ってくれる。この監獄で九か月を過ごしたのち、彼女はここにある草一本、木一本まですっかり知り尽くしていた。数えきれないほど歩いた道であっても、そのたびに抱く感覚や思索はそれぞれ異なる。さらに思わず微笑ましくなるのは、作者がこの些細な生活の体験のなかから、絶えず新しい悟りを得ていることだ。まるでそれは自由の剥奪ではなく、むしろ幽閉のなかでの魂の修行であるかのように見える。
続いて作者は、沈思しているときにゲーテの詩を思い浮かべたことに触れる。彼女はその韻律と不思議な魔力に深く浸る。詩は彼女にとって、まさしく精神の泉となり、彼女は乾いた唇でその魂の甘露をすすっている。心だけでなく、身体までもがその潤いのなかで活力を取り戻していくようだ。どのような苦境に身を置いていようとも、作者の心のなかで、詩の聖なるもの、やさしさ、静けさは変わることがない。作者はその敬虔さを一度も改めず、心の浄土をつねに保ち続けている。
作者は、遠くの雲が微笑みのようでもあり、挨拶のようでもあると書く。そこには、私たちの女性戦士、女性革命家の楽観、そして敵を蔑む自信と力が見て取れる。ここで作者の思考は、小さな庭から一気に大きく開かれていく。彼女は、雲はフロンケにだけあるのではなく、今この瞬間にだけあるのでもないと気づく。雲はいたるところにある。私たちがどこにいようとも、顔を上げて空を見ようとさえすれば、雲はそこにある。
「私が生きているかぎり」、雲と生命の美は私とともにある。
本文は https://blog.lazying.art/html/1775.htm に掲載された。
