清華「樹学風」読書チェックイン一日目――『怠惰の哲学についての愉快な話』

読書チェックイン一日目:『外国散文精品鑑賞』読書ノート

ハインリヒ・ベルの『怠惰の哲学についての愉快な話』は、港で「観光客」が一人の漁師に出会い、自分なりの成功論を売り込む物語である。はじめ、「観光客」の目に映る漁師は、みすぼらしい服を着た哀れな人だった。漁師は怠けているように見え、海へ漁に出ようとしない。そこで「観光客」は彼に、勤勉に働いて富を築き、最後には自由を手に入れるという話を説きはじめる。けれども漁師の最後の一言が、「観光客」をはっと目覚めさせる。自由とは、まさにいま私が持っているものだ。しかも、その自由を破ったのはほかならぬあなた――自由をどう追い求めるかを私に教えようとするあなたなのだ、と。

この散文を読み終えて、思った。私たちもまた、しばしばあの「観光客」になってはいないだろうか。私たちが苦しみながら追い求めているものは、まさに今この瞬間に手放しているものなのだ。自由であれ幸福であれ、それはどうやら、私たちがあちらこちらと探し回る思念の中にはない。むしろ、ふと振り返ったとき、それは灯火のまばらな場所にひっそりとある。私たちは、自分が全力を尽くし、すべてを投げ捨てるのは、心の中にある、言葉では言い尽くせないあの炎を見るためだと思っていた。ところが、その炎は少しずつ遠ざかり、ますます暗くなっていく。

「しばらく真面目に働きさえすれば、その後はもう働かなくてよくなる。」覚えているだろうか。若い頃、私たちはよく「必ず40歳で引退して、それから人生を思いきり楽しむ」という計画を自分に立てようとした。だが最後には、一生をむなしく過ごすことになってしまう。なんとも皮肉なことだ。私たちは人生の盛りにある一分、一時間すら味わうことができないのに、人生の後半を真剣に扱うことを夢見ている。だからこそ、最後に「観光客」がみすぼらしい服の漁師を見たとき、胸の内の羨望を隠しきれなかったのも無理はない。

この記事は私のブログ「慧眼所見」に掲載されています:
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